戦艦大和のふるさとを尋ねて~呉市大和ミュージアム訪問記(2)

03.12.2012 · Category レビュー

写真!

 2012年3月某日、GA Graphic編集部員の1人である筆者は、広島県呉市にある「大和ミュージアム」を訪問した。今回は、そのレポート第2回をお送りしよう(第1回はこちら)。


【※このページは、旧GA Graphicサイトに掲載された記事の再掲です。】


 第1回目のレポートでは、呉に至る旅程と、ミュージアムで目の当たりにした1/10スケール戦艦大和の模型のスゴさの一端をお見せした。今回は、この模型の部分部分のディテールにスポットを当てつつ、館内外の展示物についても併せて紹介していく。



戦艦大和模型・圧倒的な作り込み

■艦首アオリ

 もはやここでは多くを語る必要はあるまい。とにかく写真でその圧倒的な情報量を確認してほしい。

 1/10模型を包むミュージアムの館内は幾つもの階層があり、大和を角度を変えて眺めることができる。フロアに降りれば喫水線から、まるで自分が同サイズになったかのようにアオリの視点で見ることも可能だ。あらゆる角度から細部を見ることができるのも、屋内展示であるがゆえの素晴らしさということができるだろう。

 

艦首~前甲板

■艦首フェアリーダーまわり

■艦首上甲板

■前甲板と各砲塔。木目の美しさと自然さはさすが大スケールならでは

■甲板のところどころには同スケールの乗員のフィギュアが置かれており、対比によって巨大さが判る

 

艦橋構造物

■威風堂々とした前檣楼。13階建てで、艦橋や作戦室、指揮所など艦のまさに司令塔となる部分

■前檣楼周辺は、大きな面の構成ももちろんだが、手すり、電線、構造材の桁や肉抜き孔、双眼鏡の配置など、小さな模型ではなかなか再現されないディテールに注目したい

 

煙突・後部指揮所周辺

■探照灯の旋回基部や、人が歩くためのキャットウォークなど、運用のための機能性を感じさせるディテールまでもが再現されている

■煙突外壁面はリベット打ちされた鋼板の繋ぎ合わせ部分の構造がよく見える

■後部指揮所

■艦橋のある中央付近の艦体側面。わずかに波打つ鋼板のうねりが巨大感を出している

 

艦体後部

■後部甲板の周辺。構造物を眺めているだけで、艦載水上艇の扱い方まで想像できそうだ

■ちなみに艦載機は零式水上観測機(たぶん)。「ストライクウィッチーズ劇場版」で坂本少佐が乗っていた

■艦尾、ほぼ真後ろからのビュー

■カタパルト基部

■後部甲板を下から前に向かって見た写真。内火艇の搬入口から後ろに、甲板を支える桁材が並ぶ。搬入口付近から舷側に伸びる配管のようなものは消磁用の舷外電路

■舵とスクリュー。スクリューの羽の枚数に関しては諸説あったが、潜水調査などでも3枚だったことが確認されている

 写真の腕に覚えのある人は、ぜひ自分の目でファインダーを覗いて撮影してみてほしい。実に撮影しがいのある、とんでもない被写体だ! 筆者自身も相当な枚数を撮影したが、とても紹介しきれるものではない。



大和を知る館内展示

■館内の展示物。歴史、産業など、大和が生まれた太平洋戦争前後の歴史を学ぶことができる。実は取材のためフラッシュを使用する許可もいただいたが、多くの見学者たちの中で厳かな気持ちに包まれ、静かにシャッターを切る以外できなかった

 大和ミュージアムの館内には、多くの資料によって大和と、この艦を建造した呉を中心とした戦争の歴史を学ぶことができる。この日は平日だったが、多くの見学者が展示物に見入っていた。

 ボランティアの説明員に話を聞いたところ、現在では周辺の小中高の学校から児童・生徒たちが社会科見学、修学旅行などで訪れるという。そういえば筆者の実家は隣の県だったが、小学生の修学旅行では広島市内の原爆資料館を見学した記憶がある(筆者も、ご多分に漏れず蝋人形がトラウマとなった)。もし30年前にこの大和ミュージアムがあったなら、恐らく見学コースに組み込まれていただろう。

 今やこの大和ミュージアムは、いうまでもなく勇ましくカッコいい戦艦大和の姿だけではなく、戦争の歴史を総合的に学ぶことができるという、地域にとっても日本人全体にとっても、重要な役割を担っているのだった。

■貴重な戦艦大和の設計図の一部

■潜水調査によって判明した、海底における現在の戦艦大和の様子を再現したジオラマが展示されている。模型、という意味合いでも破断した断面の再現などが素晴らしい

■なお展示品には、“個人的”な遺品も多くある。実に様々な人たちが、それぞれの思いを持って家族のいる国のために戦っていた

 展示物には、実際に戦艦大和に乗り組んだ人々の遺した品々なども多く展示されている。プライバシーの観点から撮影はできないが、艦という巨大なものを人が動かしていた、ということが生々しさとともに伝わってくる。大和と直接の関係はないが、愛妻家で知られる山口多聞少将が妻に宛てて出した慈愛のこもった手紙などは、胸に迫るものがある。

 我々は戦後の生まれなので、こうした戦争の歴史そのものが完全に“過去”のものという認識であるのは仕方がない。しかし、靖国神社の遊就館などを見学すると、遺影に手を合わせて涙する年配の方を見かけることがあり、この“過去”と現在とが明らかに繋がっていることをまざまざと見せつけられ、ドキリとさせられるのだ。



そのほかの館内展示

■大和ミュージアムの大型資料展示室には、特殊潜航艇・海龍や零戦の実物が展示されている

 大型資料展示室には、特殊潜航艇・海龍や特攻兵器である回天(試作型)、零式艦上戦闘機六二型の実物が展示されている。零戦の技術開発には、呉の近くにある広海軍工廠による研究成果が活かされたといい、艦内にも多くの資料が集められている。

■零戦六二型

■零戦六二型の尾翼

■プロペラとノーズ部分

■零戦のエンジン

■照準器などの装備品

 復元された零戦も、現存する実物資料として貴重なものだ。少なくとも、六二型で現存しているのはこの機体だけである。



オマケ:屋外展示

 大和ミュージアムを訪れたなら、ぜひ屋外の広場にも出てみてほしい。海に向かって板張りの広大なデッキが伸びているが、これはなんと戦艦大和の前甲板の左半分を実寸で再現したものなのだ。

 前檣楼(艦橋構造物)と想定された付近に説明図があるが、そこから艦首を見やると、大和の巨大さが実感できることだろう。掲載した写真の中に、人が甲板上に立っているものがあるが、それを手がかりに大きさを想像してみてほしい。舳先まで歩いてみたが、100メートルは優にあるだろう。

 実物大、といえば以前映画「男たちの大和」の撮影用に主砲塔などまで再現されたセットが尾道にて組まれたことがあるが、当時はあれも見に行きたかった。とはいえこのデッキも、擬似的にではあるが本物の大きさを実感できる貴重な場所である。

■この日は朝から雪だったが、昼近くには晴れ間も覗いた。奥の方には造船所で建造中のコンテナ船が見える

■主砲塔などは平面図としてデッキ内に表現されている

■逆に舳先から後方を見たところ

■海上自衛隊呉史料館 てつのくじら館も見学した

 以上で、大和ミュージアムの紹介を終わる。当館のすぐ脇には、「海上自衛隊呉史料館 てつのくじら館」があって、陸に上げた本物の海自潜水艦(あきしお)の内部も見学できるので、呉を訪問した際にはぜひ立ち寄ろう(個人的には、魚雷の補給のために甲板から艦内を貫通する搬入路に驚いた。艦長室の真ん前に通されている!)。

 この2館を見学するだけでも、ゆっくりなら3時間以上は優にかかる。見学する際は余裕をもったスケジュールを立てていただきたいと思う。今回、実際に訪れてみて、戦艦大和や海事のことが好きならば一度は訪れてほしい場所だということが改めて確認できた。

 敗戦という民族の挫折の中にあって、戦後の日本人の心を支えたものの1つが、こうした高い技術に裏打ちされた戦争中の兵器だった。戦艦大和はその最たるもので、象徴的な存在だ。戦時中は厳格な機密保持のためにほとんどの国民が大和の存在を知らなかったというが、それが現在ではここまで浸透し、認知されている。

 ここでは「戦争の過去を学べ」などというつもりはない。ここに来てなにを感じるかも人それぞれだ。年齢によっても受け取るものが違うだろう。しかし、大和ミュージアムには、誰もが共有できる1つの結論のみを導き出すのではない、実に様々な資料や展示物が存在する。また、過去を知るだけでなく、現代を支える船や海運のことも学べる総合的な研修施設でもあった。機会を見つけて訪れてみれば、必ずなにか得るものがあると思う。

 余談になるが、帰省のお土産はすべてミュージアムショップ内で買い求めた。食品や酒類などの飲料、衣料品、文房具など、あらゆるグッズが並んでおり、その充実ぶりにも戦艦大和のネームバリューと存在の偉大さを思い知らされた(むろん親戚や近所には珍しがられた)。

 時間と費用(自腹)はそれなりにかかったものの、非常に満足度の高い取材旅行であり、良い体験をさせてもらった。取材を快く許可してくださった大和ミュージアムに改めて感謝を述べつつ、レポートを終わることにする。ありがとうございました!

 


©Yamato Museum. All rights reserved.
※取材協力:呉市海事歴史科学館 大和ミュージアム
※館内の展示物については、許可を得て撮影しています。
※このページは、旧GA Graphicサイトに掲載された記事の再掲です。

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